先日Trusted Web推進協議会より公開された「Trusted Webホワイトペーパー(案)Ver1.0」。 これは、内閣官房デジタル市場競争本部がまとめた「デジタル市場競争に係る中期展望レポート」においてデジタル市場の目指すべき姿として、"一握りの巨大企業への依存"でも、"監視社会"でもない「第三の道」を模索し、2030年ごろに社会実装を目指すプロジェクトの原案です。その社会実装実現の方策の一つとして「データ・ガバナンスの在り方をテクノロジーで変える分散型のしくみである"Trusted Web"なるもの」を提示しています。
本コラムにおいては、この「第3の道」という選択肢に注目しながら、この"Trusted Web"を解説してみます。
なぜならこの「第3の道」の目指す方向性には、東京トークンが支援するJasmyが目指す「データの民主化」とシンクロする部分が多くあるからです。
Trusted Web推進協議会の第一回会合での議事録を参加したデータサイン太田氏のコメントが、このプロジェクトのゴールをについてわかりやすくコメントしているので、少し長いですが、引用します。
「ウェブというのは一般の人たちにとってはまだまだ不安がたくさんあると。もうちょっとかみ砕いて言うと、個人にしてみれば、最近の話で言うと、どんなデータが自分のために使われているのか、誰のために使われているのかよく分からないとか、企業からすると、知らない間にプラットフォーマーに搾取されているだけなのかもしれないとか、ウェブを使っている中で、もともとのウェブの考え方ではなくて、どこかの誰かの手のひらで転がされているような、そんな感覚を持ってしまっているところを解消して、安心して、誰もが情報に触れて、自己表現ができるウェブというのをちゃんとつくっていこうというのを表明していきたいと思っています。そんな中で、ただ、そういうふうに考えて、プラットフォーマーになってデータを集めるぞという方向ではなくて、人間中心、個人を中心にして、個人にデータを集約していくアプローチが必要だと考えるのですけれども、それがどうやって資本主義社会の中の自社の利益、会社としての利益につながっているかということがよく分からない。中央集権的なウェブで覇権を握っているGAFAの次の個人中心のキラーアプリケーションがない状態で、どうすればいいのか分からないという状態になっているのかなと思います。そんな中で、このTrusted Web推進協議会では、こういうウェブをつくって、誰もがチャレンジできる基盤がこういうふうにあるべきで、こういうユースケースがあるよねということを伝えていくことが必要なのかなと思っています。」(Trusted Web推進協議会(第1回) 議事概要 令和2年10月15日(木)10:00~12:00: 株式会社DataSign 代表取締役 太田祐一氏のコメントより。※下線は執筆者付記。)
これまで私たちが様々なベネフィットを享受してきた「インターネットとWEB」という社会的な通信基盤。その基盤で動くアプリケーションにプライバシーやデータ流通の観点などから現在様々な歪みが生まれてきています。現行のサーバークライアント型の蓋然性ともいえるこの「歪み」にプラットフォーム事業者も、私たちユーザーも対応に苦慮してきている・・・という問題意識はジャスミープロジェクトもTrusted Web推進協議会も同じところにあるでしょう。また、このままの状態でデータ中心の社会活動がつづくと、この歪みがさらに増幅されるのではないか?という命題から生まれる個別の課題を解決していく新しい基盤が必要であるという点も「Trusted Web」なるものと出自は一緒、と解釈できそうです。
さて、その歪みは、いったいどんなものか?
発表されたホワイトペーパーでは課題(歪み)を以下6つあげています。
① 様々な形で発信されるデータの真正性や信頼性に対する課題:これは、SNSやセンサー機器などで、生成・発信される大量の情報に対し、誰が、どのような形でその信頼性を担保するのか?という課題です。
② プライバシーに対する課題:これは情報統合することが可能な現状において、データプライバシーはどこまで保護されるべきか?という課題です。ユーザーとの様々な接点から収集されたデータがプラットフォーマー事業者側で紐づけ名寄せされると、ユーサーの知らない間に個人固定のコードが付与され、特定される事例などです。
③ プライバシー保護と公共の利益とのバランスに対する課題:これはいつも問題になっているのですが、データにおける公共の利益とプライバシーのどちらをどこまで優先するか?という課題です。例えば、感染症拡大のために提供した市民のデータは警察でどこまで使うことができるか…などが想定されます。
④ サイロ化した産業データが活用しきれないという課題:例えば、医療カルテ。個別病院は自分のスタイルで患者のカルテは持っているだけで、そこでしか活用機能していない状態をよくタコつぼやサイロというたとえで表現されてきました。要は病院どうしで、連携してカルテを共有し新しい価値を生むような流れがなかなかできてないという課題です。 個人を中心とした基盤設計の中で、データ共有はどのような形が望ましいのか・・・またデータ共有時にいつも課題となるオープンクローズの問題も内在しています。
⑤ 勝者総取りなどによるエコシステムのサステナビリティへの課題:これは、いわゆる巨大ITプラットフォーマーによるデータ寡占化、利益総取り、取引先への不当な扱いなど、自由な競争をゆがめる不公正な行為に対する懸念と、社会インフラとして巨大プラットフォーマーに対する依存度が上がることで、もし何かトラブルが起こった場合に、一気に社会インフラが破綻する危険をはらんでいるという課題です。
⑥ ガバナンスの機能不全に関する課題:これは、デジタル化の進展により、デジタルによる意思決定が(意図的になのか、必然的になのかわかりませんが)ブラックボックス化しているため、「どのようなプロセスやルールに基づいて処理されたか」を第三者機関やステークホルダー、利用者保護の観点から担当省庁などによる検証・監査プロセスを経るといった公平なガバナンスによる管理が困難になっている・・・という課題です。
Trusted Webでは、これらの課題(歪み)を解決するための、目指すべきいくつか方向性を挙げています。その中心は、「自分に関連するデータに対する他者からのアクセスについて、自らがコントロールをすること」と、「使う側と提供する側と明確な意思による合意形成の仕組み(基盤)を整備すること」です。
これをホワイトペーパーでも触れていた「アテンションエコノミー」を引き合いに出しながらの説明がわかりやすいかと思います。顧客になりそうな客に対してメール配信や見ているページやブラウザなどに「あなたにおすすめします」なんていってPOPUPさせたり・・・して、関心(アテンション)を惹き、興味をもってもらうことから商売(購買)に繋げていくお金の回し方のしくみが「アテンションエコノミー」です。もうだいぶ前からインターネット上での広告においては主流であり、常にあなたのデバイスの画面は「アテンションの占有競争」なわけです。このなかで優位に立つには、自社製品やサービスを買ってくれそうな顧客の情報をどれだけ知り得るか、が最大のポイント。なぜなら顧客の行動を喚起させる関心を(アテンション)を惹くには、顧客の内心(本当のこころのうちに思う欲望)を知ることが一番だからです(それを知るために顧客の行動や振る舞いの分析が必要です)。その顧客である私たちのデータを、どうやって大量に収集するか? これは、企業のデータの獲得競争においては「顧客との接点(データ収集ポイント)」をどこまで手に入れるができるかが勝負。あなたが頻繁にインターネットサービスを利用する時の企業との接点はブラウザ、検索エンジン、SNS、ECサイトなどでしょう。現在巨大ITプラットフォーム企業がこれらの接点争奪の勝者になっていることからもわかる通りです。
こんな具合に多種多様な顧客接点からの収集したデータを名寄せ統合し同一人物のデータであると紐づけたうえでその行動や振る舞いを分析するわけです。つまり顧客の内心を知った上で、効果的な情報を提供する・・・これは顧客である私たちにとってメリットもある一方、企業と私たちの間で、データが収集・統合・分析していることを明示的に表明したり、データ受け渡し同意プロセスのスムーズな仕組みがない・・・など理由から、私たちのデータは「どこかの誰かの手のひらで転がされているような、そんな感覚」(前出・太田氏コメント)を持っていてふわふわとしたまま現在に至ってきたわけです。この「そんな感覚」ではなく、自分は誰の何のために何のデータを誰に提供しているのかを把握し提供可否の判断をするなど、自らコントロールをするようにしましょう、というのが進む方向性です。これには当然、データの出し手と受け手のやり取りを支える合意形成基盤と、ガバナンスのしくみが必要です。
じゃあ、どうやって社会実装するのか?
課題突破・実現のコンセプトは「Trust」。
しかし、いきなり「Trust」(トラスト)と言われても、なんのこっちゃではあります・・・。「Trust」(トラスト)ってなんでしょうか?
このトラストという言葉。ブロックチェーンでのスマートコントラクトを解説する文脈で頻繁に「トラストレス」という形で出てきます。これは"まったく自分が知らない人も自分の意図した振舞いをしてくれると信用できる"世界、又は概念を指します。使い古されていますが、道端にある自動販売機は「トラストレス」といえばわかりやすいかもしれません。お金をいれれば、ジュースが出てくる。誰もが自動販売機の振舞いを信じているわけです。その概念を、ホワイトペーパーではこう言っています。
「事実の確認をしない状態で相手先、対象先が期待した通りに振る舞うと信じる度合が高い」。
トラストの高い環境とは、疑心暗鬼の中で全てを確認するコストを引き下げ、システム全体のリスクを関係者で分担分散することを共有している環境であり、データの出し手や受け手も前出の自動販売機のごとく、相手が不知のもの、モノ、であっても、お互いが期待した振舞いを精度高く実現されている、また透明な形で双方の合意形成が行われ、その合意過程、履行状況が多くの主体で検証し、民主的に統治していること・・・と、解釈できそうです。
というわけで、"Trusted Web"なるものは、
デジタル社会における様々な社会活動に対応できる「トラスト」の仕組みと機能を
今までのメリットを享受してきたインターネット基盤に重ね合わせ、
企業や個人にとって新しい価値を生む社会基盤の再構築を目指すプロジェクト
と言えそうです。
※参考資料
デジタル市場競争本部「Trusted Web推進協議会」:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/digitalmarket/trusted_web/index.html
https://github.com/TrustedWebPromotionCouncil/Documents