ステーブルコインとは? 基本的知識と課題点
2022年5月、暗号資産(仮想通貨)界隈では「Lunaショック」という言葉が話題になりました。これはTerraform Labsが発行している米ドルとペッグしたステーブルコイン「UST」がペッグを維持できなくなったことにより起きた騒動です。この騒動により、規制強化の兆しや、暗号資産がハイリスクであるということが界隈で再認識されました。
現在ステーブルコインは法的取り扱いや既存の金融システムとの親和性、安全性などのさまざまな課題を抱えています。
本記事ではステーブルコインについての概要やトレンドについて体系的に解説しています。
ステーブルコインってなに?
ステーブルコインとは価格の変動が激しい暗号資産の中で、法定通貨などの比較的ボラティリティの低いアセットと価格を連動させ安定性を実現したトークンのことを指します。
2015年に誕生した米ドルとペッグしたステーブルコイン「USDT」を皮切りに、現在では多くのステーブルコインが存在しています。ステーブルコイン市場のシェアは米ドルと連動したコインが大部分を占めています。
引用( Coinmerketcap )
ステーブルコインが普及すると、日々の買い物にJPYコインなどのステーブルコインが利用できるようになります(すでに一部で利用可能なお店もあります)。
ステーブルコインはデジタル資産かつ価格が安定していて決済に向いているため、我々は物理的な紙幣を持つ必要がなくなります。また資産を従来より大幅に安い手数料と早い速度で送金できます。
スマートコントラクトを利用すれば、海外でショッピングをする際などに、わざわざJPY(日本円)からUSD(米ドル)に変換して購入するという手間がなくなるかもしれません。取引はP2P(Peer to Peer)で行われるため仲介業者による手数料を削減できます。
このようにステーブルコインは私たちの生活を一変させる可能性を秘めている一方で、LUNAショックのような法定通貨とのペッグが維持できなくなるリスクもあります。
こういったカウンターパーティーリスクを避けるためにも、ステーブルコインの仕組みを理解しておく必要があります。
ではステーブルコインを形作る3つの仕組みについて解説していきます。
ステーブルコインの仕組みは3つある
暗号資産界隈でよく言及されるステーブルコインのUSDT、DAI、USTなどはそれぞれ異なる3つの仕組みで成り立っています。
法定通貨担保型
法定通貨担保型は米ドルや日本円などの法定通貨を担保として発行されているコインです。
その他の仕組みと違い、唯一法定通貨での償還を受けられます。
発行体は発行枚数と同額かそれ以上の法定通貨を準備金として用意していなければいけません。発行体が裏付け資産を保有しているため、利用者はいつでも暗号資産を法定通貨で償還することができます。
特徴として非常に高い安定性を誇りますが、現状法定通貨を担保とするのに中央管理が必要で、発行体への依存度が高くセキュリティへの不安や信頼度が疑念視されます。
仮に発行体に問題が発生してしまうと、法定通貨とのペッグが維持できなくなるリスクや、準備金不正利用などの問題により法定通貨での償還を受けられなくなる可能性があります。
法定通貨担保型の「USDT」を発行しているTether社は、2015年に誕生してから2021年4月まで準備金内訳を発表してきませんでした。そのため、Tether社は裏付け資産を保有していないのではないかという疑惑の声もありました。
中央集権的だと中央が攻撃された時のセキュリティへの不安や独裁的に送金を停止させられたりなどのリスクがあります。
実際2019年4月ニューヨーク州司法当局はBitfinexがTether社の裏付け資産を不正に利用したとして、Tether社とBitfinexのそれぞれを告訴しました。
過去のチャートを参照すると、2017年の4月から5月にかけて、USDTと米ドルのペッグが外れている時期があります。この時期に準備金を不正利用していたとの疑惑があります。
しかし中央集権的なスタイルは安定性や利便性に優れていて、法定通貨担保型ステーブルコインは多くの市場シェアを獲得しています。
CoinMarketCap,USDTチャート https://coinmarketcap.com/ja/currencies/tether/
暗号資産担保型
暗号資産担保型ステーブルコインは発行するのに暗号資産を担保とするコインです。 発行する際にBTCやETH等の暗号資産を預け入れ、それを担保にステーブルコインを発行します。
特徴は暗号資産を担保とするため透明性が高く、スマートコントラクトを用いて発行が自動で行われるため管理を必要としません。しかし暗号資産のボラティリティリスク故、基本的に過剰担保となり資本効率に欠けます。
暗号資産担保型として有名な「DAI」は価格変動の激しい暗号資産を担保として発行します。発行当初は担保として利用できるのがETHのみだったので、ETHの価格変動の影響を直接受けてしまい安定性に不安がありましたが、2019年のアップデートであらゆるERC20トークンを担保とすることができるようになりました。現在では34個のトークンを担保としていてETHのみの頃と比べると安定しています。
DAIを発行できるOasis appはコントラクトを開示していて運営もDAOであることから、法定通貨担保型に比べ自律分散的なスタイルだといえます。
無担保型
無担保型は裏付け資産を必要とせず、金融工学に基づき独自のアルゴリズムで価格の安定化を図るステーブルコインです。
無担保型モデルで有名な例としてTerraform Labsが発行するTerraUSD(UST)とTerra(LUNA)があります。以前USTは無担保で米ドルとペッグしていました。TerraUSDは市場のアービトラージャー(裁定者)によって価格が1ドルに保たれています。
仮に1USTが0.95ドルになった場合、ユーザーは市場でUSTを0.95ドルで購入し、LUNAプラットフォームで1ドル分のLUNAと交換します。この際にUSTは焼却され、市場への供給量が減り価格は1ドルに戻ります。1USTが1.05$になった場合は逆の作用が起こります。
無担保型は自律分散性が高くWeb3.0的な特徴がありますが、裏付け資産が無いため市場からの信用によって価格を保っている側面があり、一度信用不信に陥ると価格の安定性を保てなくなる可能性があります。
その一例がLUNAショックです。
ステーブルコイン規制強化のきっかけになったLUNAショック
UST/LUNAは無担保型ステーブルコインの1つで、その分野の中では最も時価総額が高く、暴落前はSolanaと時価総額を競っていた暗号資産です。
これまで担保を必要とした他のステーブルコインとは違い、担保を必要とせず、市場アルゴリズムを用いて価格の安定性を図る画期的なステーブルコインでした。
LUNAの画期的なアルゴリズム型ステーブルコインは、自律分散性を重要視するWeb3.0ユーザーの関心を集め、瞬く間にシェアを獲得していきました。同時にアルゴリズムの脆弱性を指摘する声も一部ありました。
USTが市場で大量に売られたことによって、USTの価格が1ドルから下がってしまったのをきっかけとしてUSTとLUNAは崩壊しはじめます。
USTの価格が下がると、LUNAの供給量を増やしてUSTを焼却し価格の上昇を図る仕組みのため、LUNAの総供給量は増え続け価格はみるみる下がっていきました。
Terraform Labsは手持ちのビットコインを売却してUSTを買い支え、価格の上昇を試みましたが、投資家たちの恐怖が恐怖を呼び、暗号資産版の取り付け騒ぎのような事態に発展しました。
市場で一度発生した恐怖を押さえ込むことは容易ではなく、下がり続けるUST/LUNAを見た人々はUST/LUNAを買わなくなり価格が下がり続けます。
暴落前の時価総額で約3兆円にも達するLUNAは、5月7日のUSTディペッグから僅か5日で時価総額700億円まで下落し、約2兆9000億円の価値が失われました。
LUNC(旧LUNA)チャート https://coinmarketcap.com/ja/currencies/terra-luna/
法的規制について
今回のLUNAショックを受けて各国ではステーブルコイン規制の兆しが見え始めています。
米国のジャネット・イエレン財務長官は2022年5月10日USTの崩壊を例に上げ、ステーブルコインがプロダクトとして急成長している一方、ステーブルコインは2022年末までに法制化すべきだとの見解を示しています。
2022年3月9日にバイデン大統領の署名した暗号資産規制に関する大統領令の中でも、 暗号技術の米国の競争力を促進していく姿勢を表明しているところから、ステーブルコインをはじめとする暗号資産技術には肯定的な姿勢を見せています。
日本国内での規制の動き
日本では2022年 6月3日に投資家保護とマネーロンダリング対策の観点から改正資金決済法が可決されました。これにより日本円とペッグした暗号資産は高額電子移転可能型の支払手段に該当する恐れがあり、マネーロンダリング対策などの観点から取引時に本人確認が必要になりパーミッションレスな暗号資産の利点が損なわれる可能性があります。
一見暗号資産はマネーロンダリングの危険性があると思われがちですが、暗号資産は透明性の高いアセットであるため悪用した場合すぐ発覚します。現金と比べるとマネーロンダリングリスクの低いアセットであると言えます。
日本円ステーブルコインの規制は、日本の暗号資産事業者におけるグローバルな競争活発化の観点からも、業界の発展を阻害しない規制が求められます。
日本発の前払式支払手段「JPYC」
日本円とペッグしている暗号資産の中で最もシェアを獲得しているのがJPYC株式会社(旧:日本暗号資産市場株式会社)が発行しているJPYCoin(JPYC)というトークンです。日本での暗号資産の定義は法定通貨によって裏付けられていないことが条件となるため、公式には前払式支払手段と呼称されていますが、仕組み自体は暗号資産技術を利用したものです。
JPYCは法定通貨での償還は行っていないため担保型とは断言できませんが、法定通貨担保型ステーブルコインの仕組みと似ています。
資金決済法を尊守し発行されているステーブルコインのため、法務局に供託金として総発行量の50%以上の日本円を供託しています。そのため発行体が倒産した際、利用者は資産の還付手続きを受けることができます。
2021年12月には大手百貨店の松屋銀座店が支払い方法の一つとしてJPYCを受け入れました。
今後このように国内で利用可能な店舗が増えていけば、我々が現金を持ち歩く必要がなくなる時代がくるかもしれません。
またJPYCは今後日本のWeb3.0においてイノベーションの源となる可能性があります。日本のWeb3.0事業者がビジネスで資産をステーブルコインで保有する場合、JPYC等の日本円ステーブルコインの存在は会計財務上有利に働き、Web3.0ビジネスの活性化を促します。
JPYC社はUSDCを発行しているCircleから出資を受けていて、今後はその関係を強化し法定通貨で償還できる日本円ステーブルコインの発行を検討しています。
日本円で償還できるようになればよりビジネスシーンでのユースケースは増えるでしょうJPYCの普及は日本からイノベーションを起こすための重要な要素のひとつかもしれません。
ステーブルコインに求められているのは分散性か安定性か
ここまでご覧になった方はステーブルコインには「中央集権型」と「自律分散型」のふたつの傾向があることにお気づきかと思います
ステーブルコインにおいて、「分散性」と「安定性」はトレードオフの関係にあります。
これは現在主流のステーブルコインの値動きから見て取れます。
USDTなどの中央集権型のステーブルコインは、元々金融取引における仲介業者を排除する目的で作られたブロックチェーンの根本的思想と相反する部分があり、一部否定的な意見があるのも事実です。実際、中央集権的なブロックチェーンは利用者の支払い(トランザクション)を停止することが可能であったり、規制が不十分なため準備金を不正利用する懸念があったりと、ユーザーフレンドリーとは言えない側面があります。
しかし中央集権型であるため、取引速度や手数料の低さは優れています。
一方さまざまな課題を持つ暗号資産担保型、アルゴリズム型ステーブルコインは、暗号資産の透明性や自律分散性といった長所を上手く活用し、法定通貨担保型とは異なるスタイルで一定のシェアがあるのも事実です。
現状ではベア相場の際にステーブルコインへお金が流れやすいことからも、ステーブルコインに求められているのは安定性で、今後も中央集権的なスタイルが主流になると思われます。
今後アルゴリズム型を用いて分散性と安定性の両方を確立したステーブルコインの登場に期待です。
ステーブルコインのこれから
ステーブルコインの普及は従来の金融システムの混乱を招くとして、各国は非常に慎重になっている分野でもあります。実際にFaceBookが開発していたDiem(旧:Libra)は各国からの批判を受け計画は頓挫しました。これはマネーロンダリングなどの問題に対応できていなかったのもありますが、民間企業が法定通貨を超える通貨を作ってしまうと、国よりも企業が力を持ってしまうためだと考えられます。
今後もステーブルコインの需要は伸びていくと思われますが、ステーブルコインだからといって安定していると盲目的にならず、なぜ安定しているのかを調べることが必要でしょう。